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​第二次春日大社献茶式 副席

令和7年5月10日 二度目(9年ぶり)の春日大社献茶式での 副席(濃茶席)を担当いたしました。

寄付床には有隣斎筆の春日大社の林檎の庭にある大杉と御本殿前の灯籠が描かれたものを掛けました。またその下には舞楽(還城楽)の面と桴 さらに鳳笙を飾りました。
還城楽は「蛇を好んで食べる胡国の人が蛇を見つけて喜んだ様を舞にしたものとも伝えられている。」楽曲なので巳年の今年に相応しいと考えました。
​又春日大社の御祭にも通じるとも考えたからです。

 
春日寄付床.jpg
本席床には9年前(第一次)の際 大学の同級生で目下 宮司職についている花山院宮司にもらった 花山院愛徳(よしのり)筆「延寿千萬歳」を皆さんにご披露する意味で使用しました。
愛徳は江戸時代中期から後期にかけての公卿だそうです。
​御所で大火が有った際に 愛徳の家のみ 焼けずに済んだそうで 火防(ひぶせ)の守りだそうです。(不徹斎宗匠談)
花入は大阪の藤田美術館収蔵の大名物を移した 三好木屑作の角木花入写、香合には好々斎在判の源氏車香合の写を飾りました。
​お公家さんの軸なので 雅な感じを演出しようとしました。
点前座では長板に伊予芦屋唐銅獅子咬足の眉風炉に道也作の瓢箪釜を載せてみました。
初風炉の時期なので 火を見せようとしました。灰は二文字に押さえました。
席に入られたお客様から 道也は文叔の弟子だったと伺い流儀に縁のある釜師なんだと 認識を新たにしました。
水指は明七宝。高台が無い物です。見込みにあたる部分には 魚が水面から顔を出す図柄になっており 可愛らしいです。
茶入の中興名物「豊後口広」は寄付に次第と共に飾りました。
点前で使う替の茶入は平瀬家伝来で宗旦在判の一閑小棗。箱を真伯が極めています。
主茶碗の青井戸茶碗も寄付に飾りました。
点前で使用したのは 左入作の黒茶碗。形は長次郎に倣った物と思っています。
銘は不徹斎家元のお願いして 玄武と命名いただきました。
替茶碗は一啜斎手造の赤茶碗。光悦風にも見えますが 高台が非常に小さい茶碗です。
共箱で銘は「還城楽」。
茶杓は一翁作 銘 緑毛亀。今年一翁宗守没後350年忌を迎えるそうで それに因んで使いました。飾ってしまった為 替の茶杓は不徹斎作銘「常若」。神社が


 
​有隣斎筆 春日大社灯籠の図
 濃 茶 席
                                    主 香山斎 相川 宗範
寄 付
床   有隣斎 春日大社 灯籠の画
                   舞楽面・桴(*還城楽)を飾って

 本 席  
床     花山院愛徳筆一行 延寿千萬歳
花入   大名物 角木写  箱 愈好斎 
                                    若狭盆に載せて  也二造
 花   季のもの
香合  直斎好源氏車 好々斎在判 箱 愈好斎
釜   瓢箪                 道也造
 風炉  伊予芦屋唐銅獅子咬足眉  長野烈極
 先   不徹斎好 起風          小兵衛造
水指   明七宝 平
 棚   長板
茶入  中興名物 
     瀬戸破風窯 口廣手 銘 豊後口廣  
         阿部豊後守忠秋ー酒井日向守忠能ー
                 松浦心月ー馬越家
 袋    針屋金襴・青木間道・間道織留
 替    一閑張小棗 宗旦在判 真伯箱 平瀬家旧蔵
 袋    鶴ケ岡間道
茶碗   青井戸  銘 山中
 副   黒   銘 玄武  不徹斎箱    左入造
 副   赤 一啜斎自作 銘 還城楽 
            共箱 甲書 愈好斎
茶杓  一翁作 銘 緑毛亀 共筒 内箱 真伯
         替筒・中箱 直斎 外箱 愈好斎
 替   不徹斎作 銘 常若 共筒箱
 蓋置  赤絵 墨台           奥田穎川造
 建水   伝来型               木屑造
御茶  起風の昔              福寿園詰
菓子  更衣               鶴屋八幡製
 器     愈好斎好 膳所焼若松絵喰籠  共箱
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